「後味が悪い邦画10選」でご紹介した「空白」について、あらすじをラストまで追いながら、伏線と結末の意味を掘り下げます。
なぜ添田は青柳を責め続けたのか。そして、ラストのイルカの雲の絵が意味していたこととは。
※この記事は、結末までのネタバレを含みます。未見の方はご注意ください。
(予告編:シネマトゥデイ)
「空白」作品情報
| 公開年 | 2021年 |
| 上映時間 | 108分 |
| 監督 | 吉田恵輔 |
| 脚本 | 吉田恵輔 |
| 出演者 | 古田新太、松坂桃李、田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、和田聰宏、野村麻純、片岡礼子、中村シユン、寺島しのぶ、篠原篤、奥野瑛太、三島ゆたか、桜まゆみ、関幸治 |
| 映倫区分 | PG12 |
「空白」あらすじ(ネタバレなし)
中学生の花音が万引きを疑われて逃げ出し、車にはねられて死亡する。
娘を失った漁師・添田は、花音を追ったスーパー店長の青柳を執拗に責め立てる。
マスコミとネットは二人の対立を煽り、青柳は店も日常も失っていく。
しかし添田自身、娘のことを何ひとつ知らなかった。
誰ひとり完全な悪人にできない物語が、観る側にも刃を向けてくる。
「空白」あらすじ(結末までのネタバレ)
娘の死
蒲郡市の漁師・添田充(古田新太)は独善的な性格と乱暴な言葉づかいで周囲から煙たがられている。
今日も添田は、弟子の野木龍馬(藤原季節)と2人で漁に出ていたが、仕事が遅いと怒鳴り散らす添田に野木はうんざりしていた。
添田は離婚していて中学生の娘の花音(伊東蒼)と2人暮らしだが、花音は別れた元妻の松本翔子(田畑智子)と会っているようで、それが面白くない。
そして、翔子が花音に渡した携帯も取り上げて壊してしまう。
ある日、学校帰りの花音はスーパーの化粧品売り場でマニキュアに手を伸ばした瞬間、万引きと思ったスーパー店長の青柳直人(松坂桃李)に手を掴まれ事務所に連れて行かれようとした。
逃げ出した花音の後を青柳は追うが、路上に飛び出した花音が乗用車にはねられ、更にトラックに引きずられてしまう。
霊安室で損傷が激しく、変わり果てた花音の遺体に対面した添田は、その場で泣き崩れてしまう。
執拗な糾弾
それから添田の青柳に対する執拗な攻撃が始まった。
青柳も事故に大きなショックを受けていてひたすらに謝るが、添田の怒りは増すばかりで、娘が万引きなどするはずがない、青柳がいたずら目的で娘に近寄ったのではないか、と責め立てる。
また、添田は学校にも乗り込んで、仮に万引きしたとしても友人の誰かに強要されたのではないか、と背景にイジメがあると主張する。
花音の担任教師の今井若菜(趣里)は、イジメの有無を調査したい、と申し出るが、校長の奥原(中村シユン)からは、余計なことをするなと止められる。
さらに奥原は添田に、ある生徒の姉が以前青柳に痴漢をされていた、というデマ情報を伝える。
元妻の翔子は添田に、学校の相談は三者面談のことでイジメではない、そして、花音が使っていたマニキュアは透明だったからあなたは気がついてなかっただけで、あなたは娘のことを何も知らなかった、と添田を責める。
報道とネットが壊すもの
事件はテレビで取り上げられ、添田と青柳の元にマスコミが大勢取材に訪れる。
そして、添田は粗暴な人格異常者、青柳は変質者であるかのようなレッテルを貼り、2人の対立をあおる。
ネットでも2人への誹謗中傷が始まり、そのせいでスーパーは休業に追い込まれる。
ビーチクリーン隊というボランティア活動をしているスーパーの従業員の草加部麻子(寺島しのぶ)は、ビラ配りをして青柳の無実を訴えるが、青柳は事件報道を煽ることになるため、迷惑だと思っていた。
そして、草加部には他の協力者に善意の行動を強要する偽善者とも言える一面があった。
スーパーは閉店に追い込まれ思い詰めた青柳は自殺を図るが、偶然訪れた草加部に助けられる。
だが、「直人君は正しい」と言い募る草加部に、青柳は善意を強要しないでほしい、と言い返す。
それに対して草加部は、「私が若くてきれいだったらそんなこと言わないわよね」と的外れな反論をする。
加害者の母の言葉
一方、花音をはねて災難ともいえる事故の加害者になった女性の中山楓(野村麻純)と楓の母・緑(片岡礼子)は、ひたすら添田に詫びを入れるが無視され続け、その結果、楓は自殺してしまう。
楓の葬儀に訪れ「絶対に謝らないからな」という添田に、緑は「娘がこんな形で逃げて申し訳ない。心の弱い娘に育てた私の責任だ。娘に代わってお詫びをしたい。でも心の弱い娘だったけれど、私にとっては愛しい娘でした。このことで罪が軽くなるわけではないけれど、どうか娘を許してください」と涙ながらに謝り続けた。
娘を知ろうとする父
そして、世間が添田のことを糾弾する中、弟子の野木だけは添田の味方だった。
やがて添田は花音が残した画材で野木や花音の絵を描いたり、花音が読んでいた漫画を読んだりして、娘のことを知ろうと思い始める。
そんな矢先、花音のぬいぐるみから何本ものマニキュアが見つかり、慌てて公園に捨てに行く。
その後、添田は道路工事の警備員になった青柳の元を訪ね、遠回しに謝罪するが、ひたすら謝り続ける青柳がいた。
ラストシーン
しかし、すっかり心を病んでいる青柳の前にスーパーのやきとり弁当のファンだったという男(奥野瑛太)が現れ、これまでの礼を言い「お疲れ様でした」と労う。
去っていく男の後ろ姿に深々と頭を下げる青柳の顔には、久しぶりにホッとしたような表情が浮かんでいた。
そんな中、添田の元に担任教師だった若菜が、花音が描いた絵を持って訪れる。
イルカの形をした雲の絵は添田が描いた拙い絵とよく似ていて、涙する添田だった。
「空白」考察
タイトル「空白」が指すもの
添田の中にある空白は、娘を失ったことで生まれたものだけではありません。
花音が生きていた頃から、彼は娘のことを何も知りませんでした。
透明なマニキュアに気づかなかったこと、ぬいぐるみに隠されていた何本ものマニキュアが、それを突きつけます。
添田が青柳をあれほど責め続けたのは、青柳を憎んでいたからというより、その空白を直視せずに済むからでした。
誰かを加害者にし続けている限り、自分は被害者の父親でいられるのです。
マニキュアを公園に捨てた意味
ぬいぐるみからマニキュアが出てきた時、添田は慌てて公園に捨てに行きます。
この場面は、彼が真実に気づいてしまった瞬間であり、同時にまだそれを認められない瞬間でもあります。
自分が正しくあるためには、娘は万引きなどしない子でなければならない。その辻褄を保つために証拠を隠す姿は、情けなくもあり、痛々しくもあります。
この時点で添田は、糾弾していた相手と同じ場所に立っています。
イルカの雲の絵が救いになる理由
ラストで若菜が届けた絵は、添田が描いた拙いイルカの雲とよく似ていました。
何ひとつ分かり合えていなかったと思っていた父娘に、たった一つだけ確かに重なっていたものがあった。
この映画は、添田を簡単には許しません。
彼が壊した青柳や中山親子の人生は戻らないし、添田自身も何ひとつ償っていません。
それでも、絵を通じてわずかに娘とつながる場面を最後に置いたことで、完全な絶望では終わらない作品になっています。
善意が人を追い詰めるということ
この作品でもう一つ怖いのは、草加部の存在です。
彼女は一貫して青柳の味方をしています。しかしその善意は、青柳が何を望んでいるかを一度も確かめていません。
最後に青柳を救ったのが、やきとり弁当のファンだったという男の「お疲れ様でした」という一言だったのは、非常に象徴的です。
声高な善意ではなく、通りすがりの何気ない言葉が人を救うこともある。ここが本作の一番あたたかい場面だと思います。
「空白」の配信情報
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